四海俳諧俳歌詞
(遊覧船ユリシーズ号の洋上句会)

長谷部さかな 著

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司会役のあいさつ
   2018/4/3 (火) 06:21 by Sakana No.20180403062112

2018年04月03日

鴉「このたび、世界周航遊覧船ユリシーズ号
の退屈な航海のつれずれに、言葉遊び洋上句
会を開催することになりました。司会は自薦
他薦により私こと不肖の古鴉がつとめさせて
いただきます」
一同「ガヤガヤ」
鴉「まず、この句会の趣旨を申し添えておき
ますと、目的の第一は退屈しのぎの気晴らし、
第二は御高齢の古魚先生の延命、ボケ予防と
寝たきり暮らし予防、第三はジェームズ・ジ
ョイス『ユリシーズ』読書会の流れを受け、
日本語(外国語ではない)による言葉遊びと
いうアングル(角度)から文学とは何か、詩
とは何か、という大問題についてあらめて考
えることです」
一同「シーン(無言)」
鴉「言葉遊びといってもいろいろありますが、
てっとり早いところで、回文(俳諧)、アル
ファベット(翻訳して「いろは」)、パロデ
ィ(替え歌、本歌取り)に注目し、三種のメ
ニューを用意しました。その他、パスティー
シュ(文体模倣)、アクロスティック(折句)、
転倒語、合成語、謎々、早口言葉、アナグラ
ムなども随時気ままにとりいれるかもしれま
せん」
一同「ガヤガヤ」
鴉「この洋上句会にご出席のみなさんは、長
老の古魚先生をはじめとして、蝉鯨、山椒魚、
鹿之助、虫姫という有名ないし無名の俳人ば
かりです。それではまず、オープニング記念
イベントとして、あらかじめ作者無記名で投
句したいただいたみなさんの回文俳諧句のリ
ストをご紹介しましょう。この中から気に入
った特選一句、佳作一句を投票で決めること
にします。気が向いた方は投票してください。
集計結果の発表は三年後に、もし古魚先生が
ご存命で、何らかの意思表示ができる状態で
ある場合にかぎり、その時点でご披露させて
いただくことにします」
  
 A 最上川かじかむ鰍我が身かも   
 B 寒鴉安らかにカラス安らがんか 
 C 奥羽余震去りけり山椒魚     
 D 虫惜しむ右目姫君無視惜しむ   
 E 駒集め牝鹿泣かしめ滅尼子    
  F 鯨類ベタ凪灘へ入るらしく        

一同「シーン(無言)」
鴉「それでは、みなさん、よろしくお願い
します(ぺコリ、頭をさげる)」


ユリシーズの回文
   2018/4/10 (火) 07:02 by Sakana No.20180410070225

2018年04月10日

鴉「『ユリシーズ』には回文も使われてい
ると聞きました。どんな回文なのか具体的
に教えてください」
魚「第7章アイオロスで伊達男のレネハン
が次のように言っている。
--Madam, I'm Adam. And Able was I ere I
saw Elba.(マダム、わたしはアダム、そうし
てエルバを見るまではできた(丸谷才一訳)」
「なるほど。原文は前から読んでも、後か
ら読んでも同じ語句を、And(そうして)で
結びつけたパリンドローム(回文)ですが、
翻訳では回文になっていませんね」
魚「伊藤整訳と丸谷才一訳では回文のかたち
で訳されていないが、柳瀬尚紀訳では次のよ
うにちゃんと回文になっている。
ーーはい、アダムだ、マダムだ、愛は宵居、
エルバの島、今偲ばる栄誉。)」
鴉「さすが柳瀬尚紀先生の名訳ですが、<宵
居>がわかりません。どういう意味ですか」
魚「夜遅くまで起きていること、という意味
だ。『源氏物語』「末摘花」に用例がある。
原文も旧約聖書やナポレオンのエルバ島流刑
という故事、さらには下ネタにまで通じてい
ないと洒落がわからない」
鴉「回文の解釈にも教養がもとめられるので
すね。頭がいたくなってきました」
魚「それでは、吾輩が意訳して、きみの頭に
でも通じるような回文をつくってあげよう。
ーーエルバへ流され魚へばる江。勇魚来なさ
い、いざ泣きなさい」
鴉「エルバへ流されて、へばった魚が勇魚
(=鯨)を呼んで、一緒に泣こうというので
すか。これまた荒唐無稽な句で、私にはわけ
がわかりません」
魚「もっと深い意味をこめたつもりだが、ま
あいい。想像力の壁は如何ともし難い」


ユリシーズのいろは歌
   2018/4/17 (火) 06:49 by Sakana No.20180417064953

2018年04月17日

鴉「この洋上句会ではみなさんの脳の活性化
をはかるため、いろは歌づくりをおすすめし
ております」
魚「『ユリシーズ』ではいろは歌なんか誰も
つくっていない」
鴉「アルファベットでは遊んでいるでしょう」
魚「ブルームが内的独白で"Ahbeesee defeegee 
kelomen opercue rustyouves doubleyou"と言
ってはいる(第4章 カリュプソー)」
鴉「日本語訳ではどうなっていますか」
魚「アービーシー・デフィージー・ケローメ
ン・オーピーキュー・ラステューヴィー・ダ
ブルユーが丸谷才一訳。伊藤整訳でも似たよ
うなものだが、柳瀬尚紀は、<色葉に穂へと
ォォ地理塗るをォォ若よ打たれそつなら無ゥ
ゥ>といろは歌崩れで訳している」
鴉「翻訳は日本語の問題であると柳瀬尚紀氏
は言っておられますが、それを実践しておら
れますね。では、弘法大師や柳瀬尚紀氏にな
らって<色は匂へど・・・・・・」のように
いろは四十七文字を一回だけ用いた歌をつく
ってください」
魚「大師さまには及びもつかぬせめてなりた
や柳瀬尚紀氏」
鴉「三十一文字の和歌ではなく、四十七文字
のいろは歌ですよ。故柳瀬先生の著書『日本
語は天才である』を読むと、いろは歌をいと
も軽々とつくっておられるような印象を受け
ます」。
魚「そういえば、『フィネガンズ・ウェイク』
の日本語訳でも<色葉に穂へと散りぬるか?
よだれぞ常ならむ>という柳瀬氏の名もじり
訳(?)を見つけた」
鴉「柳瀬先生は天才だったと思うのですが、
私が天才なのではなく日本語が天才だから私
でもつくれると言って謙遜しておられます。
その理屈でいけば、古魚先生も日本人ですか
ら、いろは歌を軽々とつくれるはずです。奮
発して、いろは歌づくりに挑戦してください」
魚「わかったよ。だが、即興ではムリだ。す
こし考える時間がほしい」
鴉「それでは三週間後の5月2日を締切りにし
ましょう。なるべくならユリシーズの航海に
ちなんだいろは歌を期待しています。ご参考
のため、柳瀬尚紀先生が将棋の羽生善治永世
名人の七冠王達成をたたえたいろは歌をご紹
介しておきます。

  正夢成りて 位統(くらゐす)べ
 のどけき春や 日路(ひろ)を彩(た)む
 面笑(おもゑ)みこぼれ 七冠王
 褪せぬ栄誉 常に添ふ
 (柳瀬尚紀『対局する言葉 羽生対ジョイス』)
   
                        


ユリシーズのパロディ
   2018/4/24 (火) 06:40 by Sakana No.20180424064042

2018年04月24日

鴉「『ユリシーズ』にはパロディは山ほどあ
りそうですね」
魚「そもそも『ユリシーズ』そのものがホメ
ロスの叙事詩『オデュッセイア』のパロディ
だ」
鴉「具体的な文例をあげてください」
魚「 アムレット
    又は
   放心者(ル・ディストレ)
   シェークスピールの逸物(ピルス)」
   ("Hamlet 
        ou
       Le Distrait
     Piece de Shakespeare.")」
鴉「フランス語ですね。<放心者(ル・ディ
ストレ)は誰かのパロディですか」
魚「丸谷才一訳では<心うつけし男>と訳さ
れ、「<心うつけし乞食>は、イギリスの作
家、詩人ラドヤード・キップリングの詩の題
名という注釈がついている」
鴉「ハムレットのセリフとして有名な<生き
るべきか、死すべきか>(To be, or not to 
be.)のパロディはありませんか」
魚「第十一章 セイレン で、俗物ブルーム
が内的独白でつぶやいているが、詩人スティ
ーヴン・デッダラスは、第九章で、あの模範
生(アリストテレス)なら、ハムレットが王
子様なる己の魂の死後をあれこれ瞑想するの
を、ありそうもない、取るに足らない、ドラ
マ性のないあの独白を、プラトンの瞑想同様
に、浅いと見るでしょう、と皮肉っている」
「ギリシャ哲学や英文学の教養のない日本人
の読者はそんなパロディの洒落や皮肉がわか
りにくいですね。この洋上句会では西洋風の
ものは無視して、日本の伝統的な俳諧狂句の
パロディを楽しむことにしたいと思います」
魚「古池や蛙飛び込む水のをと 芭蕉」
鴉「百種類以上の英訳があるといわれるほど
有名な句ですから、パロディも多いでしょう
ね」
魚「八十八歳で死にとうないと言って死んだ
仙崖和尚の次のパロディ句がよく知られてい
る。

 古池や芭蕉飛こむ水の音
 池あらば飛て芭蕉に聞かせたい
 古池や何やらぽんと飛びこんだ」

鴉「いいですね。仙崖和尚にならって、もっ
ぱら芭蕉の句のパロディをいろは順につくる
ことにしましょう。それでは、三週間後の5月
8日までに、

い 石山の石より白し秋の風    

のパロディ句を詠んでください」
               (2018.04.24)


<い> 痛いけど
   2018/5/1 (火) 05:47 by Sakana No.20180501054707

 痛いけど引き合う秋日時計台

 秋日和。子どもたちが綱引きをしている。
綱ですりむいた手が痛いが、負けたくないの
でがんばる。観客は時計台。

「運動会の練習風景のようですね」
「そうかもしれない」
「時計台のある小学校ですか」
「まあ、そんなところだ」
「秋日は<しゅうじつ>と読むのではないで
しょうか」
「音読みは困る。訓読みにしてくれ」
                            (2018.05.01)


航海終えたユリシーズ
   2018/5/8 (火) 05:36 by Sakana No.20180508053657

航海終えたユリシーズ

  航海終えたユリシーズ 故郷へ
 世話焼き女居て
 ヱロ気尼の身持ちほめ
 無駄に酔ひぬ
 腹たつね

「ユリシーズのいろは歌、脳みそをふりしぼ
って、やっとこんなものが出来た。長音(ー)
がふくまれているから、四十八字だ。それぞ
れ一回だけ使っている」
「これはひどい。<世話焼き女>は許せると
しても<ヱロ気尼>とは! そんな表現はな
いでしょう」
「ジョイスなら使いそうな表現だよ」
「<酔ひぬ>のような歴史的かな遣いと<腹
たつね>のような現代かな遣いが混在してい
ます。一句のなかで、口語体の現代仮名づか
いと文語体の歴史的仮名づかいを混ぜて使用
するのはよくないと、自分ではっきり書いて
いるではないですか(『俳句極意は?回文俳
句いろは歌留多』p73「仮名づかい」)」
「今回は試作品だから、許されるだろう。そ
れに、そもそもいろは歌には四七字あるが、
その中には<ゑ><ゐ><を>のように平安
時代に消失したかながふくまれている。現代
かなには<ゑ><ゐ><を>はないのだ。そ
んな廃語になったかなを詠み込んだいろは歌
をつくれというほうがおかしい」
「でも、柳瀬尚紀先生はちゃんと歴史的かな
遣いで格調の高いいろは歌をつくっておられ
ます」
「腹たつね」
                            (1918.05.09)


<い>石山の石より白し
   2018/5/15 (火) 05:40 by Sakana No.20180515054037


  石山の石より白し秋の風    芭蕉
  犬山のいぬよりさるか雉の声 古魚

 僕は上海のフランス町に章太夫先生を訪問
した時、剥製の鰐をぶら下げた書斎に先生と
日支の関係を論じた。その時先生の云った言
 葉はいまだに僕の耳に鳴り渡っている。・・
 ・・・・「予の最も嫌悪する日本人は鬼が島
を征伐した桃太郎である。桃太郎を愛する日
 本国民にも多少の反感を抱かざるを得ない」
           (芥川龍之介『僻見』

 「古魚作は駄洒落のパロディ句のようですね」
 「駄洒落はわかりやすいのがとりえだ」
 「<いぬよりさるか>と平かな表記にすると、
 <犬より猿か>ととれます」
 「<去ぬより去るか>ともとれる」
 「それでは同じことのくりかえしです」
 「同義語反復(トートロジー)という語法だ」
 「犬山は鬼ヶ島ではありません。愛知県かど
 こかの地名です」
 「芥川龍之介の短編パロディ『桃太郎』を読
んだことがあるかい?」
 「いいえ」
 「『僻見』もきみの耳には届いていないとみ
 える」


<ろ> 炉踏んでろ
   2018/5/22 (火) 05:47 by Sakana No.20180522054748

<ろ> 炉踏んでろ

 炉踏んでろ消ゆる古雪露天風呂

  たたら場と呼ばれる製鉄所。人々がふいご
を足で踏み、炉に空気を送っている。隣の露
天風呂では古雪が消える。

「上五が<炉踏んでろ>と命令形、中七には
<消ゆる古雪>という情景描写、そして下五
は唐突に<露天風呂>を配する。いわゆる三
段切れの句で、わかりにくいですね」
「ふつうの想像力があれば、わかるはずだ」
「<炉踏んでろ>からたたら場を想像するの
は無理でしょう」
「アニメ映画『もののけ姫』を観ればわかる」
「解説やアニメ映画に依存するようでは、一
句とし独立しているとはいえません」
               (2018.05.22)


なんぞ酔へずほろ酔ひ酒
   2018/5/29 (火) 06:10 by Sakana No.20180529061025

なんぞ酔へずほろ酔ひ酒

 馬乗りつ寝れば暗闇      
 愛の問える不和が如し     
 起きて立ちもせぬ無為を    
 なんぞ酔へずほろ酔ひ酒   
                                  48
 馬乗寝暗闇
 愛問如不和
 起不立無為                            
 何酔焉微酔
        
「いろは歌をまたひとつつくってみた。漢詩
はおまけだ」
「その漢詩、平仄は合っているのでしょうね」
「さあ、たぶん合っていないだろう」
「相変わらずいい加減ですね。なんぞ酔へず 
ほろ酔ひ酒、と酔という字が二度も使われて
います。昼間から酔っ払っているのでは?」
「<酔へず>は<よ>、<酔ひ酒>は<ゑ>
と、仮名では区別されている」
「<酔へず>と<愛の問える>。<へ>と
<え>の音も似ていて、用法に違和感を覚え
ます」
「これでも苦労してつくったんだ。何も苦労
しないヤツが偉そうにつべこべ言うな」
「では、愛の問える不和を棚上げして、ほろ
酔ひ酒の席にしましょう」(2018.5.29)


<は> 花の雲 
   2018/6/5 (火) 05:42 by Sakana No.20180605054205

<は> 花の雲 

  花の雲鐘は上野か浅草か      芭蕉
 花の雲噴火は阿蘇か雲仙か     古魚

 「そこでともかくも阿蘇へ登ろう」
 「うん、ともかくも阿蘇へ登るがよかろう」
  二人の頭の上では二百十一日の阿蘇が轟々
と百年の不平を限りなき碧空に吐き出している。
        (夏目漱石『二百十日』)

「花の雲という視覚から鐘の音が聞こえると
いう聴覚に転じる。はて、鐘の音は上野か、
それとも浅草か」
「上野か浅草か、よりも、阿蘇か雲仙か、の
ほうが、雄大な景観で、気宇壮大になれる」
「花の雲とは桜の花が一面に満開になるさま。
そこへ鐘の音が聞こえてきた、という芭蕉の
句は、視覚から聴覚への転じが見事です。そ
れにたいして、パロディ句は視覚だけで、面
白みがありません」
「漱石の『二百十日』を読めば、阿蘇が轟々
と百年の不平を限りなき碧空にはき出してい
るのがわかる。その音がきみには聞こえない
のか」
「そんな解釈は漱石作『二百十日』への連想
に依存しすぎています」
              (2018.06.05)



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四海俳諧俳歌詞(遊覧船ユリシーズ号の洋上句会) 長谷部さかな 著
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