流鏑馬
文/北松拓也

 毎年、鎌倉の鶴岡八幡宮で催される伝統行事「流鏑馬」が、今年も9月16日 (日曜日)にたくさんの見物客の前で行われ、その様子がテレビのニュース映 像で流れた。  さて、この「流鏑馬」という漢字表記だが、なぜ「やぶさめ」と発音される ものがこの発音と一致しない漢字で書き表されるのか、疑問に思っている方も 多いのではないだろうか。  岩波書店の『広辞苑』には、「流鏑馬」について次のような語釈が記載され ている。   やぶさ‐め【流鏑馬】   (1) 騎射の一種。馬上で矢継ぎ早に射る練習として、馳せながら鏑矢(か   ぶらや)で的を射る射技。的は方板を串に挿んで三カ所に立て一人おのお   の三的(みまと)を射る。平安末から鎌倉時代に武士の間で盛行。現在は、   神社などで儀式として行う。三的。  この語釈を読めば、馬に乗って鏑矢を用いるから漢字表記の中に「馬」と 「鏑」という文字が使われているのは分かる。だが、「射」ではなく「流」と いう文字が語頭に来るのはどうしてだろうか。  そこで、『百科事典マイペディア』で調べてみると、「流鏑馬」の解説の冒 頭にこう書かれていた。   やぶさめ【流鏑馬】   疾走する馬上から鏑矢(かぶらや)を射流して的を射る競技。  なるほど、「射流して」ということからすれば、「射」の代わりに「流」を 使っても差支えないのかもしれない。むしろ、「射」よりも「流」の方が、こ の馬上の射術の実際のスピード感が表現できて好ましいとも考えられる。ただ し、これら『広辞苑』と『マイペディア百科事典』の説明では、残念ながら漢 字表記とその読みとの関係が判然としない。  次に、インターネット上の『Wikipedia』で「流鏑馬」を検索すると、   馬を馳せながら矢を射ることから、「矢馳せ馬(やばせうま)」と呼ばれ、   時代が下るにつれて「やぶさめ」と呼ばれるようになったといわれる。  と書かれていた。さらに続けて調べてみると、「日本ぶんか村」のホームペ ージには、   流鏑馬という言葉の語源は「馬にのって鏑矢を射流す」からきており、こ   の「矢馳せ馬」が転訛したものだといわれています。  と説明されていた。また「鎌倉市観光協会」のホームページには、   流鏑馬の語源は、「矢馳せ馬(ヤバセメ)」が転じたものといわれ、その   字句も「馬に乗って鏑矢(かぶらや)を射流す(いながす)」に由来する   といわれています。  という解説が載っていた。これらを比較してみると、「矢馳せ馬」の読み方 として「やばせうま」と「やばせめ」の違いはあるものの、どちらにしても 「矢馳せ馬」という言葉から「やぶさめ」という言い方が生じていることは確 かなようだ。また、「射流す」という表現の「流」に着目すれば、上述のよう に「流鏑馬」と漢字表記されることにそれほどの違和感はない。  しかし、「やぶさめ」の語源に基づいて、そのまま素直に送り仮名を削った 形の「矢馳馬」と漢字表記してもよさそうなものなのに、なぜ「流鏑馬」とい う漢字表記を当てたのかという謎が残る。ちなみに、『ブリタニカ国際大百科 事典 小項目事典』の解説によれば、「『新猿楽記』 (1057) に流鏑馬の名がみ られる」とあるので、11世紀中葉にはこの漢字表記が用いられていたというこ とになる。  余談ながら、「やぶさめ[流鏑馬]」の英訳として和英辞典に載っているの は、horseback archery や the art of shooting arrows on horseback という 表現だ。このうちの後者は説明的な訳し方と言える。「NHK WORLD-JAPAN」 のホームページに9月16日付で掲載された英語ニュースでは、鎌倉の流鏑馬神 事を伝える記事の見出しに horseback archery を使い、"Horseback archery event held at Kamakura shrine" と表現していた。                              (2018/9/21)