時代のともしび
by 北松拓也
 

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経済状況と幸福感
   2018/10/27 (土) 17:50 by 北松拓也 No.20181027175003

 ドイツの『シュピーゲル』誌のホームページ「SPIEGEL ONLINE」に、10月24
日付で注目すべき記事が掲載されていました。それは、現在のドイツ経済の好
調をうかがわせる次のような記事でした。

  Umfrage
  Finanzielle Zufriedenheit in Deutschland steigt auf Rekordhoch
  Die Deutschen beurteilen ihre eigene finanzielle Situation so rosig
  wie noch nie in diesem Jahrtausend. Laut einer Umfrage des 
  Sparkassenverbands ist die Zufriedenheit in Hessen am größten.

 【和訳】アンケート
 ドイツにおいて経済的満足度が過去最高を記録
 ドイツの人々は、過去1000年間にはなかったほど自分自身の経済状況がバラ
 色であると評価している。銀行連盟のアンケートによれば、経済的満足度が
 最も高かったのはヘッセン州である。

 ドイツは近年100万人を超す難民を受け入れており、それによる経済的負担
は結構大きいものだろうと思われます。しかし、そんな中でこれほどドイツ国
民が経済的に満足した生活を送っているとは、やや意外な気がしないではあり
ません。

 ちなみに、経済的満足度が最も高かったというヘッセン州は、ドイツ西部に
あります。州都はヴィースバーデンですが、この州にある都市フランクフルト
は、ドイツの文豪ゲーテの生誕の地であり、またドイツの金融の中心地である
と同時に水陸交通の要地でもあります。

 上の記事から今のドイツ経済の豊かさは分かりましたが、そのすぐ下に掲載
された記事には、それの豊かさをどこまでも追及することには問題もあるとい
うことを示唆するかのように、下記のようなことが書かれていました。

  Psychologie
  Wie viel Geld macht glücklich?
  Menschen mit höherem Einkommen sind glücklicher als andere. Doch 
  wird man zu reich, verliert man die Freude an vielen Dingen. Wo ist 
  die Grenze?

 【和訳】心理学
 どのくらいのお金があれば幸せなのか?
 より大きな所得のある人たちは、それ以外の人たちよりも幸せである。しか
 し、お金持ちになりすぎると、人は多くの事柄に対して喜びが失われてしま
 う。では、その境目はどこにあるのだろうか。

 東洋には古くから「足るを知る」という戒めがあります。一方、西洋におい
ては、「金持ちが天国に行くのは、ラクダが針の穴を通るよりもむずかしい」
という比喩的な警句が『聖書』に書かれています。さてそれでは、世界の大富
豪と言われ、毎年の長者番付の上位を占めるような人たちは、お金持ちになる
ことと引き換えにどんな喜びを失ってしまったのでしょうか。


キャッシュレス社会
   2018/9/21 (金) 12:12 by 北松拓也 No.20180921121241

「現金を持ち歩かなくて済むならそれに越したことはない」と考えている人は
多いかもしれません。現金を使わなくても、電子マネーカードやクレジットカ
ード、スマホ、あるいは銀行送金などによって支払いを済ませることができる
社会を英語で cashless society と言い、それをそのまま日本語に取り入れた
表現が「キャッシュレス社会」です。

 北欧のスエーデンでは現在、キャッシュレス社会への取り組みが強力に推し
進められています。確かに現金を使わなくても買い物ができるのは便利ですが、
それで市民の誰もが喜んでいるわけではないというのが現実のようです。特に
お年寄りの方々はそういう商習慣に不慣れなことに加えて、トータルでどのく
らいのお金を使ったかという実感が電子決済には乏しいので、かえって不安や
不便さを感じてしまうようです。

 日本でも現金を使わない決済に向けて社会環境を整える動きがあり、おそら
く将来は、買い物の大部分がキャッシュレス化していくことになると思われま
す。ただ、そうなるとお金に対する一般の人々の現実感が薄れていくことにも
なりそうです。それを嫌ってクッレジット払いをやめてしまった人たちも実際
にいます。仮想現実的なキャッシュレス決済よりも、手触りのある現金払いの
方がいいという気持ちも分かります。

 さて、キャッシュレス化が時代の流れだとしても、日本人の金銭感覚のなか
ではそれが短期間に一直線に進むわけではなく、その過程において様々な紆余
曲折がありそうです。


白銀時代
   2018/9/12 (水) 17:29 by 北松拓也 No.20180912172923

 人類の歴史は進歩しているのか、それとも退歩しているのか。はたまた、
「歴史は繰り返す」という言葉があるように、歴史は循環しているのか。そう
いう議論は昔からある。

 例えば、ドイツの哲学者ヘーゲルの弁証法的歴史観においては、歴史は「正
→反→合」の働きを通じて次第に発展していくものとされる。これは間違いな
く進歩史観だ。他方、それとは逆に、歴史は時代が下るにつれて劣化していく
という見方がある。その代表的な例として挙げられるものの一つが、古代ギリ
シア人、ローマ人の歴史観だ。小林標『ラテン語の世界』(中公新書)には、
次のように書かれている。

  ギリシア人、ローマ人は一種の下降史観を持っていて、最古のときに理想
 的黄金時代があり、それから徐々に人心が堕落していったと考えた。黄金時
 代の次に来る白銀時代は、少しは劣るがその後の鉄の時代よりはましだとい
 うことである。(同書、p.177)

 これと似たような歴史認識は、中国の古代にもあった。いわゆる「尭舜時
代が一番良かった」という歴史のとらえ方である。どういうことかと言えば、
中国古代の伝説上の理想的帝王とされる尭(ぎょう)と舜(しゅん)が徳によ
って天下を治めた時代こそが、治世の模範と考えられていたのだ。その意味で
は、尭・舜とともに文王・武王・周公といった偉人の政治や事績を理想として、
徳治政治の実現を目指した孔子の歴史観も、下降史観と言えるかもしれない。

 ところで、日本では、平安末期から鎌倉時代にかけて「末法(まっぽう)思
想」が流行した。この思想によれば、仏陀の入滅後、500年間は正しい仏法の行
われる正法(しょうぼう)の時代が続くものの、そのあとに仏法が次第に衰え
る像法(ぞうほう)の時代を経て、やがて末法の時代になると仏陀の教えが消
滅していくという。これなどは、明らかに下降史観に分類されるだろう。

 さて、いま私たちが暮らしている社会を見回してみると、戦前と比べて進歩
したと言えるものは、一つには日本国憲法に明記されている「人権の尊重」と
いう考え方の浸透だと思う。だが、その一方で、義理・人情という昔ながらの
日本人の気配りの心は希薄になってきているようにも感じられる。

 また、科学技術の面での日々の進歩は、宇宙開発やAIなどの例を持ち出す
までもなく、誰の目にも疑いようのないことである。しかし、こうした科学技
術に裏付けられた様々な経済活動や事業推進などにより地球の自然環境が悪化
しているのも事実なので、それが本当に進歩と言えるのかどうかという問題も
ある。私たちは科学技術という「戦術」の次元での進歩による成功を収めてい
ても、例えば比喩的に言えば、毎日処理しきれなくて累積していく膨大な量の
プラスチックごみの山に埋もれる羽目になっては、元も子もなくなる。これで
は「戦略」の次元では破綻への道をまっしぐらということにもなりかねない。
地球を荒廃させることにつながることは、やはり進歩とは言い難いと思う。


ネアンデルタール人の脳の発達
   2017/9/24 (日) 23:51 by 北松拓也 No.20170924235122

 イギリスの BBS NEWS のホームページについ最近掲載された英文記事による
と、スペインの研究チームが7歳半で死亡したと推定される旧石器時代のネア
ンデルタール人の骨を発見し、その骨の分析から非常に興味深いことが分かっ
たそうです。というのは、現生人類であるホモサピエンスの場合、7歳半にな
れば脳の発達はほぼ完了しているはずですが、そのネアンデルタール人の頭蓋
骨を調べると、7歳半の段階で脳がまだ発達の途中だというのです。

 従来の認識では、すべての動物の中でホモサピエンスの脳は発達するのに最
も長い時間がかかり、それはすなわち最も知能が高いことの証拠であると考え
られてきました。ところが、今回の研究では、ネアンデルタール人の方がホモ
サピエンスよりも脳の発達に長い年月を要していたと推測されるため、ネアン
デルタール人はホモサピエンスよりも知能が上であった可能性が出てきたこと
になります。

 このことに関して、スペインの研究チームのリーダーは、ホモサピエンスよ
りもネアンデルタール人の方が身体が大きかったため、ネアンデルタール人の
脳もその分だけ発達に時間がかかったと見ることができ、ネアンデルタール人
がわれわれホモサピエンスよりも賢かったということにはならないとの見解を
示したそうです。

 さて、真相は果たしてどうなのでしょうか。この問題についての今後のさら
なる研究が期待されるところです。


地球温暖化がもたらす南アジアの危機
   2017/8/4 (金) 19:35 by 北松拓也 No.20170804193554

 8月2日付でイギリスの「BBC News」のサイトに、地球温暖化に関する新しい
研究結果を伝える記事が掲載され、かなり衝撃的な内容でした。記事の見出し
は、Warming to boost deadly humidity levels across South Asia(温暖化に
より南アジア全域で命にかかわるほど湿度が上昇)というもので、二酸化炭素
の削減による地球温暖化への取り組みが、もはや待ったなしの急務になってい
ることを示すものでした。ちなみに、南アジアには世界の総人口の5分の1が暮
らしています。

 この記事のリードの部分には、Millions of people living in South Asia 
face a deadly threat from heat and humidity driven by global warming 
according to a new study.(新しい研究によれば、南アジアに居住する何百万
もの人々が、地球温暖化によって引き起こされる暑さと湿気により命の脅威に
さらされる)と書かれていて、温度だけではなく湿度の問題も生命維持には見
逃してはならない重要なポイントであることが分かります。

 そして、記事は次のように予測していました。Most of India, Pakistan 
and Bangladesh will experience temperatures close to the limits of 
survivability by 2100, without emissions reductions.((二酸化炭素の)
排出量を削減しなければ、インド、パキスタン及びバングラデシュの大部分が
2100年までに生存可能な限界に近い気温に見舞われることになる)。

 ところでこの記事によれば、世界中のほとんどの公的な気象台では2種類の
温度計を使って気温を計っているといいます。一つは dry bulb thermometer
(乾球温度計)で、もう一つは wet bulb thermometer(湿球温度計)です。乾
球温度計は空気中の温度を計るものであるのに対して、湿球温度計は空気中の
相対湿度(relative humidity)を計るもので、湿球温度計による計測結果は、空
気中の温度を単にそのまま計ったものよりも通常低いそうです。

 さて、ここで注目したいのは、For humans, this wet bulb reading is 
critically important.(人間にとって、湿球温度計の表示度数は極めて重要で
ある)ということです。この湿球温度計で示される私たちの周囲の環境の温度
が35度かそれ以上になると、次のようなことが起きるそうです。

 our ability to lose heat declines rapidly and even the fittest of 
people would die in around six hours.(私たちの身体が熱を放出する能力
が急激に低下して、最も健康で適応力のある人たちでさえ、およそ6時間ほど
で落命する恐れがある)。

 しかし、35度というのは、あくまでも「最も健康で適応力のある人たち」を
対象にした話です。そのあとに書かれた説明によれば、湿球温度計での35度は
人間が生存することが可能な限度であると考えられるけれども、ほとんどの人
たちにとっては31度であっても極めて危険なレベルであると考えられるとのこ
とです。


脱ガソリン車の時代へ
   2017/8/3 (木) 19:56 by 北松拓也 No.20170803195628

 マスコミの報道によると、イギリス政府とフランス政府は先月、2040年まで
にガソリンなどで走る内燃機関の車の販売を禁止するという方針を発表したと
のことです。

 かつて電車が登場したことにより、それまで鉄道の主役として活躍していた
蒸気機関車が少しずつ使われなくなり姿を消していきました。それと同じよう
に、電気自動車(EV)が急速に台頭して来た今、地球温暖化や大気汚染の原因と
なる排気ガスを放出するガソリン車やディーゼル車などはいよいよ消えゆく運
命にさしかかったということなのでしょう。時代の移り変わりをひしひしと感
じます。

 これまで長年に渡って血と汗のにじむ努力によって優れた内燃機関の研究開
発や製造に携わってきた人々にとって、この報道は他国のことながらもガソリ
ン車の輸出に直接影響することなので、少なからず寂しい知らせとして心に響
いたのではないかと想像します。

 英仏両国では、たとえ20年以上先のことではあっても、やがては内燃機関の
熟練エンジニアも整備士も社会から必要とされなくなり、職を失う日がやって
来ます。そして、そう遠くない未来には日本政府もこうした脱ガソリン車を目
指す国々の動きに追随することが予想されます。世の中の進歩と言われるもの
の陰には、こうした盛衰のドラマがあります。

 考えてみれば、ガソリンを生産するための石油資源の埋蔵量にも限りがあり
ます。それがあとどれくらいなのか見当がつきませんが、石油が枯渇する前に
長い年月をかけて計画的に内燃機関の車の製造・販売を停止する方向に持って
行くことは、内燃機関の車の終焉の形としてはソフト・ランディングになるは
ずです。しかも、それは長期的な環境負荷の軽減という利点がありますので、
多くの人々に受け入れられる合理性があると言えそうです。


良きことはカタツムリのように
   2017/6/17 (土) 18:48 by 北松拓也 No.20170617184820

 インド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンディーの言葉の中に、「良きこと
はカタツムリのようにゆっくり進む」というものがあります。しかし西洋の近
代は、生産の効率を高め、スピードを上げることを要求します。

 イギリス帝国によるインド支配からの脱却を目指したガンディーは、スワデ
ーシーをスローガンの一つに掲げ、機械で綿糸を紡(つむ)ぐのが当たり前だ
った当時において、自分の手で糸車を回して綿糸を紡ぐ運動を始めました。ち
なみに、スワデーシー(swadeshi)とは、「swa 自らの」+「deshi 国、土地」
=「母国」が原義で、「国産品愛用」と訳されます。

 機械で糸を紡ぐのと比べたら、このような手回しの糸紡ぎは、文字通り「カ
タツムリのようにゆっくり」だったに違いありません。ですから、ガンディー
のこうした運動は単にイギリスの支配に対するだけではなく、西洋の近代とい
うものに対する抵抗運動でもあったと言われています。

 ことろで、現在の日本社会、特に都会生活の中では、経済効率がモノを言い、
スピードを上げることを互いに競い合っています。企業も個人も、他者よりも
万事速く出来ることが高く評価されます。そのため、皆が時間に追われる生活
をしているので、それが半ば当たり前のようになっています。しかし、そうい
う生活の中で心が次第にすり切れていくのを自覚している人たちも少なくない
と思います。

 何事につけ速さを要求される日々の生活に翻弄され疲弊した人たちが、休暇
の旅先で感じるようなゆっくりと進む時間の流れは、少なくとも本人にとって
「良きこと」に違いありません。それでもなかなか近代の呪縛から逃れられな
いのが、現代人の実相です。


断捨離と消費生活
   2017/6/17 (土) 18:19 by 北松拓也 No.20170617181900

 近年、「断捨離(だんしゃり)」という言葉がよく使われるようになってい
ます。また、それを実践しようという人々も次第に増えているようです。そも
そも、断捨離(だんしゃり)というのは、ヨガの「断行(だんぎょう)」、
「捨行(しゃぎょう)」、「離行(りぎょう)」という三つの行(ぎょう)か
ら来ているようです。私の解釈では、物への執着を断ち、不要な物を捨てて、
物質的な欲望から離れるというのが断捨離だと思っています。

 ところが、今の日本経済はそれとは逆行するように、デフレからの脱却のた
めに国民の消費を拡大することに全力を挙げて取り組んでいます。個人消費を
喚起するための「プレミアムフライデー」の実施を推奨するのも、その一つで
しょう。

 現代の日本社会では、すでにモノがあふれかえって、多くの商品が飽和状態
に達していますから、これ以上消費を増やそうとすれば、さしあたり生活に不
要のものでも何でもとにかくどうやって人々にたくさん買わせるか、しかもで
きるだけ高価なものを買わせるか、ということに力を入れざるを得ません。要
するに人々の物欲をかき立て、消費意欲を強める方策が必要になります。

 一方、人々の消費が増えれば増えるほど、当然のことながらエネルギーの消
費量も増えるし、廃棄物もたくさん出るようになるので、地球温暖化の問題や
海洋汚染なども含めて、環境への負荷がますます大きくなっていきます。

 こうした矛盾が、断捨離と消費生活との間に横たわっていることを認識しな
いわけにはいきません。さて、それとどう向き合うべきかは個々人の問題です。


時代の変わり目
   2017/5/25 (木) 18:56 by 北松拓也 No.20170525185640

 数日前に或るニュースサイトに書かれていた記事が衝撃的でした。世界ランク
1位の中国の囲碁棋士が、Google のAI(人工知能)ソフト「アルファ碁」に
敗れたというのです。昨年、「アルファ碁」が韓国のトップレベルのプロ棋士に
圧勝したことが大きな話題になりましたが、今回の「アルファ碁」は、その中身
がさらに進化しているそうで、ついに世界一のプロ棋士をも打ち破るだけの実力
を備えたわけです。

 囲碁はボードゲームの中で最も複雑とされています。ですから、常識的に考え
れば、プロ棋士に勝つ囲碁のAIソフトを作るのは将棋の場合よりもずっと難し
いはずです。ところが、今回の「アルファ碁」と世界ランク1位の囲碁棋士の対
局結果により、もはやそのような先入観は意味を失いました。かつては夢のよう
な話と思われていた、最高レベルのプロ棋士を上回る囲碁のAIソフトが、すで
に実現してしまっているのです。しかも、このAIソフトの技術は他の分野にも
広く応用が可能だと言います。

 近年、このAIをはじめ、自動運転やドローン、さらにIoT(Internet of 
Things)などのテクノロジーが急速に進歩して、私たちの生活を大きく変えよう
としています。これらの活用により、私たちの暮らしはさらに便利になるとは思
います。しかし、それが幸か不幸かという点については別問題です。次第に人間
不要の世の中になってしまうのではないかという不安もあり、先行きは混沌とし
ています。

 怒涛のように押し寄せる新しい科学技術の群れに、私たちは日々接しています。
こういう時代こそ、人が生きる上で本当に必要なものは何かという原点に立ち返
って自らを見つめ直すことが大切ではないかと考えます。そうでないと、時代の
流れにただ押し流されるばかりで、自己の本来性を喪失してしまうのではないか
と懸念されます。


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「時代のともしび」 北松拓也
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