J・ジョイスの『ユリシーズ』を
楽しみながら読む

長谷部さかな 著

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二十世紀世界最高峰の小説『ユリシーズ』
   2018/4/1 (日) 05:42 by Sakana No.20180401054204

二十世紀世界最高峰の小説『ユリシーズ』

「夏目漱石『文学論』を十年計画で読破した
後、何もせずぐうたら暮らしておられるよう
ですが、そのままでは寝たきり老人になって
しまうのではないかと心配しています」
「老人が寝たきりになるのは運命だ。あきら
めるしかない」
「誰も介護してくれませんよ。八十歳でエベ
レストに登頂した三浦雄一郎は、高齢者でも
目標を持つことが重要だと言っています。何
か目標を持ったらどうでしょうか」
「それでは世界文学の最高峰と目されている
ジェームズ・ジョイス『ユリシーズ』読破に
再挑戦することにするかな。この世でやり残
したことの一つとして気になっていた。アメ
リカの有力出版社ランダムハウス社は、一九〇
〇年以降に英語で書かれた小説のトップ一〇〇
を発表しているが、その第一位の票を集めたの
がUlyssesだ」
「たしかに、夏目漱石の『文学論』を何度も
読んで、文学とは何かを考え続けたのに、二
十世紀世界最高峰の小説を味読できないまま
で死ぬというのは不条理(absurd)ですね。
しかし、『ユリシーズ』なら伊藤整他訳や丸
谷才一他訳をとっくの昔に読破したのではな
いですか」
「あれでは読んだうちに入らない。文字面を
一通り目で追っただけで、中味はほとんど頭
に入っていない。学生時代、卒論のテーマに
するつもりで原書も入手したがまったく歯が
立たなかった」
「ご愁傷様です。文学的才能も語学力も貧し
かったのですね。でも、『ユリシーズ』は一握
りの専門家による高い評価と一般読者の受容と
の間に大きなギャップが存在する小説です。貧
しい才能の老人にはそのギャップを埋める義務
があり、そのためにもう少しの間は生かされる
のだと前向きに考えてください」
                    (2018.04.01)


『ユリシーズ』を楽しみながら読む
   2018/4/8 (日) 05:52 by Sakana No.20180408055227

『ユリシーズ』を楽しみながら読む

「『ユリシーズ』は小説の概念を変えた実験的
な作品だ。普通の小説のように筋を追って話の
展開に期待するような読み方では十中八九行き
詰まる。読書の方法を特別に工夫しなければな
らない」
「どうすればよいでしょうか」
「速読と精読の併用でいこう。まず1章づつ
速読で文字面を追っていく。その中から、こ
れぞと思う面白そうな箇所の短文をピンポイ
ントで標的にし、その短文だけを精読する。
つまり、長編小説を夏目漱石のいう断面的文
学のようにして読むのだ」
「どんな断面を標的にするのですか」
「『ユリシーズ』には言葉遊びの文学という
断面がある。もっぱらその断面を切り口にし
て自分なりの読みを試みればよい」
「言葉遊びにはどんなものがありますか」
「パン(pun 地口、洒落、語呂合わせ)、パ
スティーシュ(仏: pastiche 作風、文体の
模倣、本歌取り)、パリンドローム(回文)、
パロディ(風刺的なもじりの詩文)などだ」
「『ユリシーズ』は1904年(明治三十七年)
6月6日にアイルランドのダブリンで起こ
った出来事を描いた小説だそうですが、そん
な昔の遠い国での出来事に日本人の私たちが
興味を持てるでしょうか」
「ところが、『ユリシーズ』に登場するアイル
ランド人は日本にも興味を持っているのだ。
geisha(芸者)やHarakiri(腹切り)などとい
う言葉も使われているし、Great war Tokioと
日露戦争への言及もある」
「明治三十七年(1904年)といえば、日露戦
争が勃発した年ですね」、
「夏目漱石が『吾輩は猫である』を俳句雑誌
「ホトトギス」への連載をはじめる前年だが、
第十四挿話 太陽神の牛の丸谷才一訳では、
漱石風の文体のパスティーシュが試みられて
いる」
「なんだか、作者も翻訳者も時空を超えて、
楽しんでいるようですね」
「だから、読者も実験的な読み方を工夫し、
楽しみながら読めばよい」 (2018.04.08)



『ユリシーズ』の日本語訳
   2018/4/15 (日) 05:39 by Sakana No.20180415053913

『ユリシーズ』の日本語訳

「『ユリシーズ』日本語訳には伊藤整、永松定、
辻野久憲訳(以下、伊藤整訳と呼ぶ)と丸谷才
一、氷川玲二、高松雄一訳(以下、丸谷才一訳
と呼ぶ)があり、柳瀬尚紀訳(第12章 キュ
クロプスまで)もある、森田草平他訳も」
「柳瀬尚紀さんは、翻訳不可能と言われていた
ジョイスの"Finnegan's Wake"の日本語訳をなし
とげた翻訳者ですね。猫好きで半猫人と自称し
ておられました」
「"Ulysses"の第一章から第十二章 キュクロ
プスまでの柳瀬訳はあるが、その後十八章ま
では未発表。試訳をハードディスクに眠らせ
たまま、一昨年(2016)、肺炎で亡くなられ
た」
「えっ、古魚先生よりは若い方だと思ってい
ましたが、すでに故人ですか」
「1943年生まれ、2016年逝去、没年73歳」
「肺炎なら風邪をこじらせたのかもしれませ
んね。他人事とは思えません。惜しまれて逝
く人もいれば、惜しまれずに生きている人も
いる。人生いろいろ、皮肉なものですね」
「翻訳家としてすぐれた仕事をした。特に、
<翻訳は日本語の問題である。翻訳という語
は、筆者にとって、あくまで日本語である>
(『翻訳はいかにすべきか』)という見解はあ
たりまえのことだが、コロンブスの卵のよう
に斬新な認識として注目に値する」
「従来はヨコの文字をタテにするのが翻訳だ
というのが翻訳者の通念でしたからね」
「『ユリシーズ』の翻訳は伊藤整訳、丸谷才一
訳(1964年)、同改訳(1994年)(集英社版)、
柳瀬尚紀訳と進化しているように見える。こ
の読書会ではもっぱら柳瀬尚紀訳を使わせて
もらうが、第13章以後は丸谷才一改訳版に
拠ることにしよう」      (2018.04.15)


『ユリシーズ』の構成
   2018/4/22 (日) 05:49 by Sakana No.20180422054918

『ユリシーズ』の構成

「『ユリシーズ』は第1章から第3章までが第
一部、第4章から第15章までの第二部、第
16章から第18章までの第三部という三部
構成になっている」
「あわせて18の挿話がホメロスの叙事詩
『オデュツセイア』の挿話に対応するという
構成なんですね」
「それがこの小説の骨格をつくっているが、
ギリシア神話とかキリスト教とかスコラ哲学
とかラテン語とかは日本人にはなじみがない
ので、理解しにくい。そんなことは後まわしに
して、まずは言葉遊びの断面に注目して熟読し、
日本語で言葉遊びを楽しんだほうがよい」
「どの挿話で、どのような言葉遊びに注目
するのか教えてください」
「とりあえず、第一ラウンドの読書会では、次
のリストの右側に注目してくれ。

 一  テレマコス    名前
 二  ネストル      謎々   
 三  プロテウス    形相(アリストテレスの哲学用語) 
 四  カリュプソ    アルファベット(→いろは)
 五  食蓮人たち    擬音語     
 六  ハデス        罵倒語
 七  アイオロス    回文(パリンドローム) 
 八  ライストリュゴネス族   パロディ(風刺的もじり詩文)       
 九  スキュレとカリュブティス 喃語          
 十  さまよう岩々   訛り          
 十一 セイレン       合成語         
 十二 キュクロプス   主語          
 十三 ナウシカア     暗記用合成語      
 十四 太陽神の牛     文体模倣(パスティーシュ)        
 十五 キルケ         倒語          
 十六 エウマイオス   日本語         
 十七 イタケ         アナグラム、アクロスティック 
 十八 ペネロペイア  句読点 
                   (2018.04.22)



ユリシーズはお笑いの文学か
   2018/4/29 (日) 06:46 by Sakana No.20180429064646

ユリシーズはお笑いの文学か

「『ユリシーズ』はお笑いの文学だという見方
もあるようですが、如何ですか」
「お笑いの文学なりやユリシーズ ワイセツも
ありハイセツもあり」
「それでは答になっていません」
「米国では『ユリシーズ』を掲載したリトル・マ
ガジンがニ一九二一年にューヨークで、猥褻罪の
判決が下され、出版禁止の憂き目にあった」
「具体的にはどのような表現が猥褻罪にあたると
みなされたのでしょうか」
「第十三挿話(ナウシカア)を読めばわかる。
ハイセツの描写なら第四挿話(カリュプソ)だ。
しかし、いずれも詩的表現だから、現代人の常識
的判断なら、ワイセツ罪にもハイセツ罪にも該当
しない」
「ワイセツ性やハイセツ性は、お笑いの文学と関
係がありますか」
「シェイクスピアの喜劇にもワイセツやハイセツ
の表現は、大ありだといってよい」
「しかし、夏目漱石『虞美人草』の甲野欣吾も述
べているように、一般的には悲劇は喜劇よりも偉
大であるとされていると思います」
「『ユリシーズ』が二十世紀に英語で書かれた小説
の最高峰とみなされたところをみると、今や喜劇の
ほうが悲劇より偉大かもしれない」
「ホメロスの叙事詩『オデュツセイア』に対応する
ように書かれたとすれば、単なる喜劇ではなく、叙
事詩(epic)かもしれませんね」
「叙事詩は物事、出来事を記述する韻文だが、『ユリ
シーズ』は散文だ」        (2018.04.29)


名前(第一挿話 テレマコス)
   2018/5/6 (日) 05:39 by Sakana No.20180506053933

名前(第一挿話 テレマコス)

「ホメロスの叙事詩では英雄ユリシーズの帰
国を息子のテレマコスが待っているが、ジョ
イスの小説で息子に相当するのはスティーヴ
ン・デッダラスだ。<お笑いもどきだよ! 
きみの馬鹿げた名前さ、古代ギリシア人じゃ
ないか!>と友人のパック・マリガンにから
かわれている」
「古代ギリシア人のような名前かどうかは日本
人の私にはピンときません」
「ギリシア神話にダイダロスという大工、職人、
発明家の神がいる。それがわかっていないと、
デッダラスという名前がピンとこない。もっと
も伊藤整訳や丸谷才一訳ではディーダラスとな
っているが、柳瀬尚紀がネイチブの朗読をテー
プで聞いたところ、デッダラスと聞こえたそう
だ」
「私の耳にはデッドロス(dead loss)と聞こえ
そうです」
「音痴では『ユリシーズ』は難しいかもしれな
いな。スティーヴン・デッダラスはテノール歌手
の才能をみとめられている」

--The mockery of it! he said gaily. Your 
absurd name, an ancient Greek!
 He pointed his finger in friendly jest 
and went over to the parapet, laughing to 
himself. Stephen Dedalus stepped up, 
followed him wearily halfway and sat down 
on the edge of the gunrest, watching him 
still as he propped his mirror on the parapet, 
dipped the brush in the bowl and lathered 
cheek and neck. 
 Buck Mulligan's gay voice went on.
--My name is absurd too; Malachi Mulligan, 
two dactyls. But it has a Hellenic ring, 
has'nt it? Tripping and sunny like the buck 
himself. We must go to Athens. Will you come 
if I can get the aunt to fork out twenty quid.

ーーお笑いもどきだよ! と、いかにも愉快
げだ。きみの馬鹿げた名前さ、古代ギリシア
人じゃないか!
 気心の知れた同士の冗談とばかりに人差指
を突き出し、げらげら笑いながら胸壁に異動
する。スティーヴン・デッダラスは階段を上
りきると、かったるげに途中までついていき、
砲座の端に腰を下ろした。そのまま見ている
と、胸壁に鏡を立て掛け、器にブラシをひた
し、頬と首に泡立つ石鹸を塗りつけていく。
 パック・マリガンの愉快げな声はつづいた。
ーーおれの名前も馬鹿げてるって。マラキ・
マリガン、強弱弱格が二つ。だけどギリシア
語のひびきがあるだろ? ぴょんぴょん快活、
いかにも牡鹿(パック)らしい。おれたちア
テネへ行かなくちゃな。伯母から二十ポンド
巻き上げたらいっしょに行くかい?
             (柳瀬尚紀訳)


謎々(第二挿話 ネストル
   2018/5/13 (日) 06:08 by Sakana No.20180513060818

謎々(第二挿話 ネストル)  

「謎々なあに、なんじゃらほい」
「その謎とはなんじゃらほい?」
「 雄鶏鳴いた、
  空青かった。
  天の鐘打つ
  十と一つ、
  かわいそうなこの魂
  今から天へいざ旅立つ」
「さっぱりわかりません」
「狐が亡くなったお婆ちゃんを柊の下に埋め
ているんだ。(The fox burying his grandmother 
under a hollybush.)
「そんな謎解きの答は、日本人の私にはわか
るはずがありません」
「スティーヴン・デッダラスが学校で古代ロ
ーマ史と十七世紀の詩を教えているところだ
が、きみにはアイルランドの頭の悪い生徒た
ちと同じように、詩人の魂がわからない」
「どうせ私は俗物です。もう一人の主人公レオ
ポルド・ブルームのように」
「それは謎々に興味を寄せる子どもの心を忘れ
てしまったからだ」

Riddle me, riddle me, randy ro.
   My father gave me seeds to row.

 Talbot slid his closed book into his satchel.
----Have I heard all? Stephen asked.
----Yes, sir. Hockey at ten, sir.
----Half day, sir. Thursday.
----Who can answer a riddle? Stephen asked.
 They bundled their books away, pencils craking,
pages rustling. Growing together they strapped 
and buckled their satchels, all gabbling gaily;
----A riddle, sir? Ask me, sir?
----A hard one, sir.
----This is the riddle, Stephen said;
           The cock crew,
           The sky was blue;
           The bells in heven
           Were strikinh eleven.
           'Tis time for this poor soul
           To go to heaven.

  謎々なあに、なんじゃらほい、
 父さん畑に蒔く種くれた
 
 トールボットが閉じた本を鞄に滑り込ませる。
ーーそれで全部かな? スティーヴンは言った。
ーーはい。十時からホッケーです。
ーー半日休みです。土曜日です。
ーー誰か謎々が解ける者? スティーヴンは問い
かけた。
 皆、本をしまいこみにかかり、鉛筆がかちゃか
ちゃ鳴り、紙がかさかさ擦れる。いっせいにざわ
めき始めて、鞄の紐を締め金具を留めながら」、
そろってわいのわいのはしゃぎ出す。
ーー謎々ですか? ぼくに当てて。
ーーだめだよ、ぼくです。
ーーむずかしいの出してください。
ーーこういう謎々だ、スティーヴンは言った。

      雄鶏鳴いた、
      空青かった。
      天の鐘打つ
      十と一つ、
      かわいそうなこの魂
      今から天へいざ旅立つ。
                             (2018.05.13)


形相(第三挿話 プロテウス)
   2018/5/20 (日) 06:52 by Sakana No.20180520065254

形相(第三挿話 プロテウス)

「第三挿話はもっぱらスティ―ヴンの内的独
白が続く」
「詩人の観念的思考の独白は、一般読者には
わかりにくいですね。<形相の形相>とは、
何のこっちゃ?」
「注釈によれば、アリストテレス「霊魂論」
第三巻「理性自身も、思惟される対象と同様
に思惟されるものである」を指す。<魂とは
形相の形相である>のもじりになる。英語の
原文ではform of formだ」
「formは<形式>という意味です。<ぎょう
そう>ではなく、<けいそう>と読みますが、
どうして<形相>という訳語にしたのでしょ
う」
「アリストテレスの哲学で、質料(ヒュレー)
に対して形相(エイドス)という対概念があ
る。そのエイドスに相当するのが英語のform
らしい」
「それも、なんだか言葉遊びにすぎないよう
な気がしますね」
「哲学の用語に今ここで深入りして詮索する
と脳神経の働きに有害となる。詩人の内的独
白は後まわしにして、第四挿話からの俗物の
内的独白を先にとりあげることにしよう」

 Call; no answer. He lifted his feet up
from the suck and turned back by the mole
of boulders. Take all, keep all. My soul
walks with me, form of forms. (3 Proteus)

 呼ぶ。応答なし。吸い込む砂地から足を持
ち上げて、おれは丸石の防波堤沿いに引き返
す。何もかもくれてやるさ。おれの魂がおれ
とともに歩む。形相中の形相が。

 I throw this ended shadow from me, manshape
ineluctable, call it back. Endless, would it
be mine, form of my form? who watches me here?
Who ever anywhere will read these written words?
Signs on a white field. Somewhere to someone 
is your flutiest voice. (3 Proteus)

 おれはこの有限界の影を、不可避の人形を
己から投じて、それを呼び戻す。無限界だと
したならば、それは、おれの形相の形相は、
おれのものだろうか? 誰かに見られてるか?
この記した語をどこの誰が読むだろうか?
自他に記された記号。おまえの思いっきり清
澄な声でどこかの誰かに聞かせるか。

Thought is the thought of thought. Tranquil 
brightness. The soul is in a manner all that 
is; the soul is the form of forms. Tranquility 
sudden, vast, candescent; form of forms.
                               (2 Nestor)
 思惟とは思惟の思惟なり。静寂の明光。霊
魂とはいわば存在するものの一切なり。霊魂
は形相中の形相なり。


アルファベット(第四挿話 カリュプソ)
   2018/5/27 (日) 05:38 by Sakana No.20180527053828

アルファベット(第四挿話 カリュプソ)

「第二部の第四挿話では、主人公で俗物のレオ
ポルド・ブルームがドーセット通りの聖ヨセフ
公立学校の前に通りかかると、窓があいていて、
生徒たちがアルファベットの練習をしている声
が聞こえてきた。Ahbeesee defeegee kelomen 
opercue rustyouves Doubleyou。これをどう訳
すか」
「アーベーセー・デフェージェー・ケローメン・
オペ―キュー・ルスティーウー―ブェー・ダブル・
ユー」
「それは伊藤整訳だが、丸谷才一訳も似たような
もの。それにたいして、柳瀬尚紀訳は<色葉に穂
へとォォ地理塗るをォォ若よ打たれそつなら無ゥ
ゥ>と、いろは歌崩れで訳している」
「英語で考えるか、日本語で考えるかのちがいで
すね」
「日本も小学校から英語教育をするようになった
ので、アーベーセーでもいいかもしれない」
「でも、柳瀬尚紀『日本語は天才である』を読む
と、日本語訳はいろは崩れのほうがよいという考
えに洗脳されたような気分になります」

Ahbeesee defeegee kelomen opercue rustyouves doubleyou.

アーベーセー・デフェージェー・ケローメン・オペ―キュー・
ルスティーウー―ブェー・ダブル・ユー。(伊藤整 永松定訳)

アービーシー・デフィージー・ケローメン・オーピーキュー・
ラステューヴィー・ダブルユー。 (丸谷才一・氷川玲二・高松雄一訳)

色葉に穂へとォォ地理塗るをォォ若よ打たれそつなら無ゥゥ。
                  (柳瀬尚紀訳)



擬音語(第五挿話 食蓮人たち)  
   2018/6/3 (日) 07:39 by Sakana No.20180603073907

五 擬音語(食蓮人たち)  

「擬音語が使われている例として、第五挿話
(食蓮人たち)のcrackingをとりあげよう。
cracking his fingerjoints とCracking curriculum.
の二カ所だ。柳瀬尚紀,訳では、前者が<指を
ぽきぽき鳴らしながら>、後者が<ぽきぽき
指導カリキュラム>となっている」
「<ぽきぽき指導カリキュラム>では何のこ
とか意味がわかりません」
「丸谷才一訳では<猛烈なカリキュラム>。
意味は通りやすいが、擬音語が使われていな
い」
「擬音語の処理は翻訳者にとっては悩ましい
ところではありますね。私は英語よりも日本
語のほうが擬音語が豊富なのではないかと思
っています」
「今回はたまたまcrackingをとりあげたが、
『ユリシーズ』では他にも多くの擬音語が随
所に使われている。ぜんぶ拾い出して、適当
な日本語訳と照合しておいてくれ」
「ちょっと待ってください。私にだって他に
やることが多く、けっこう忙しいのですから」

 Where was the chap I saw in that picture 
somewhere? Ah yes, in the dead sea floating 
on his back, reading a book with a parasol open.
Couldn' sink if you tried; so thick with salt. 
Because the weight of the water no, the weight 
of the body in the water is equal to the weight
of the what? Or is it the volume is equal to the 
weight? It's a law something like that. Vance 
in High School cracking his fingerjoints, teaching.
 The college curriculum. Cracking curriculum. 
What is weight really when you say the weight? 
Thirtytwo feet per second per second. Law of 
Falling bodies; per second per second. They all 
fall to the ground. The earth. It's the force of 
gravity of the earth is the weight,

 どこの男だっけ、いつか写真で見たのは? 
ああそうだ、死海に仰向けに浮かび、パラ
ソルを開いて本を読んでいた。沈もうとし
たって沈めない。それくらい塩分が濃い。
なにしろ水の重さが、いや、人体の重さが
何の重さに等しいだっけ? 容積が重さに
等しいだっけな? なんかそんな法則。ヴ
ァンスが高校で指をぽきぽき鳴らしながら
教えてくれた。大学指導カリキュラム。ぽ
きぽき指導カリキュラム。重さというと
きの重さとは本当は何か? 毎秒毎秒三
十二フィート。落下する物体の法則、
毎秒毎秒。物体はすべて地上に落下
する。地球、地球の重力が重さだ。
(柳瀬尚紀訳)

cracking his fingerjoints,  指をぽきぽき鳴らしながら
Cracking curriculum. 大学指導カリキュラム。ぽきぽき指導カリキュラム
                 猛烈な(クラッキング)カリキュラム
                      (丸谷才一訳)



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J・ジョイスの『ユリシーズ』を楽しみながら読む 長谷部さかな 著
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