J・ジョイスの『ユリシーズ』を
楽しみながら読む

長谷部さかな 著

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PAGE 1 (1〜10)


アイルランド文芸復興期の文体のパロディ断章に戻る
   2019/12/8 (日) 07:01 by Sakana No.20191208070146

アイルランド文芸復興期の文体のパロディ断章に戻る

「語り手の<おれ>の独言がすこしまぎれこんできたかと
思うと、すぐまたアイルランド文芸復興期の文体のパロデ
ィ断章に戻る」
「牝羊、牡羊、牝牛、牡牛、牡豚、牝豚などが、こつこつ、
ぼうぼう、むうむう、めえめえ、もうもう、がたがた、ぶ
うぶう、むしゃむしゃ、くちゃと騒々しいですね。アイル
ランドは畜産国ですか」
「行ったこともないからよくわからんが、農林漁業国日本
の風土とは違うようだ」

And by that way wend the herds innumerable of bellwethers 
and flushed ewes and shearling rams and lambs and stubble 
geese and medium steers and roaring mares and polled calves 
and longwools and storesheep and Cuffe's prime springers 
and culls and sowpigs and baconhogs and the various different
 varieties of highly distinguished swine and Angus heifers 
and polly bullocks of immaculate pedigree together with prime 
premiated milchcows and beeves: and there is ever heard a 
trampling, cackling, roaring, lowing, bleating, bellowing, 
rumbling, grunting, champing, chewing, of sheep and pigs and 
heavyhooved kine from pasturelands of Lush and Rush and 
Carrickmines and from the streamy vales of Thomond, from 
M'Gillicuddy's reeks the inaccessible and lordly Shannon the 
unfathomable, and from the gentle declivities of the place of 
the race of Kiar, their udders distended with superabundance of 
milk and butts of butter and rennets of cheese and farmer's 
firkins and targets of lamb and crannocks of corn and oblong 
eggs, in great hundreds, various in size, the agate with the 
dun.

 しかりしこうして、その道を辿り行くは無数の家畜、すな
わち、鈴つけし先導の去勢牡羊たち、繁殖期に肥らせし牝羊
たち、角を切りし牡羊たちと子羊たち、灰いろ雁たち、中位
の大きさの去勢牛たち、喘鳴症の牝馬たち、角を切りし子牛
たち、綿羊たち、食用羊たち、カフの商う極上の出産間近き
牛たち、肥育用の劣老家畜、卵巣切除の牝豚たち、ベーコン
用の牡豚たち、およびさまざまの種類の卓越せる豚たち、ア
ンガス産の若き牝牛たち、非の打ち所なき純血種なる角を切
りし去勢牛たち、ならびに優等杯受賞の乳牛たち、肉牛たち、
またラスクとラッシュの、カリックマインズの牧場より、ト
モンドの流れ豊かなる谷間より、マギリカディ山脈の近づき
がたき峻峰と気高くして測り知れぬシャノン川より、キアル
族の土地なるゆるやけき傾斜より、常に聞こえきたるは、羊
たちの、豚たちの、はたまた蹄重き牝牛たちの、どたりどた
りと踏みつける音、こつこつ、ぼうぼう、むうむう、めえめ
え、もうもう、がたがた、ぶうぶう、むしゃむしゃ、くちゃ
くちゃ、胸乳にもたとうべきそれらかずかずの土地は、過剰
生産のミルク、大樽いくつものバター、幾レンネットものチ
ーズ、小樽いくつもの地主用バター、胸肉いくつ分の子羊、
幾クラノックもの小麦、および数知れぬ、くさぐさの大きさ
の、あるは瑪瑙いろあるは暗褐色の横長き卵によりてまさに
はち切れんばかり。



雑音
   2019/12/1 (日) 08:14 by Sakana No.20191201081451

雑音

「アイルランド文芸復興期の文体で綴るとりともない文章の
間にまたしても語り手<おれ>の独言がまぎれこんでいる」
「ははあ、意識の流れですか」
「だとすると、アイルランド文芸復興期の文体に語り手の犬
(?)の意識が流れ込んだことになる。つまり、アイルラン
ド文芸復興期の文体の作者も実は語り手の犬かもしれん」
「犬にそんな文芸復興期の教養はありません。わんわん、き
ゃんきゃん、と言っているだけです」
「教養のない日本人の読者にはアイルランド語も犬語も単な
る雑音にしか聞こえないだろうな」
「でも、翻訳のおかげで、借金を踏み倒して返そうもしな
いゲラティにたいする犬の怒りは教養のない日本人読者
にもつたわってきます」

-- I dare him, says he, and I doubledare him. Come out here,
 Geraghty, you notorious bloody hill and dale robber!

「おっかなくなんかねえぞ、とあいつは言いやがる。平気の
平三だぞ。やい、ゲラティ、出て来やがれ。いまいましい、
糞ったれの、薄ぎたねえことこの上なしのペテン師野郎め!」
(丸谷才一訳)



アイルランド文芸復興期の文体
   2019/11/24 (日) 08:35 by Sakana No.20191124083542

アイルランド文芸復興期の文体

「語り手の<おれ>とジョー・ハインズがあれこれと四方
山話をしながら酒場バーニーキアナンに向かって歩いてい
くと、突然また、作者不明のパロディ断章がまぎれこんで
くる」
「また、売買契約書の類ですか」
「いや、こんどは、アイルランド文芸復興期の文体のパロ
ディだ。ことにマンガン(一八〇三ー四九)翻訳の『アル
ドフリッドの旅』およびグレゴリー夫人の『神々と戦士た
ち』(一九〇四)。主調はアイルランドの礼賛。魚は豊かで
樹木が多かった遙かな昔と、往事ほどではないにしろ自然
の富を誇る現在とを二重焼付けにして自慢する」
「なんのために、そんな関係のなさそうな断章を小説の中
にまぎれこませるのですか。読者はとまどうばかりです」
「まあいいじゃないか。魚が豊かで樹木が多いのは日本の
昔も同じだ。魚や樹木の名前を比較してみるのも面白い」

In Inisfail the fair there lies a land, the land of holy 
Michan. There rises a watchtower beheld of men afar. There
sleep the mighty dead as in life they slept, warriors and 
princes of high renown. A pleasant land it is in sooth of 
murmuring waters, fishful streams where sport the gunnard, 
the plaice, the roach, the halibut, the gibbed haddock, 
the grilse, the dab, the brill, the flounder, the mixed 
coarse fish generally and other denizens of the aqueous
 kingdom too numerous to be enumerated. In the mild breezes 
of the west and of the east the lofty trees wave in different 
directions their first class foliage, the wafty sycamore, the 
Lebanonian cedar, the exalted planetree, the eugenic eucalyptus 
and other ornaments of the arboreal world with which that 
region is thoroughly well supplied. Lovely maidens sit in close
 proximity to the roots of the lovely trees singing the most 
lovely songs while they play with all kinds of lovely objects as 
for example golden ingots, silvery fishes, crans of herrings, 
drafts of eels, codlings, creels of fingerlings, purple seagems 
and playful insects. And heroes voyage from afar to woo them, from 
Elbana to Slievemargy, the peerless princes of unfettered Munster 
and of Connacht the just and of smooth sleek Leinster and of 
Cruachan's land and of Armagh the splendid and of the noble district 
of Boyle, princes, the sons of kings. 
And there rises a shining palace whose crystal glittering roof 
is seen by mariners who traverse the extensive sea in barks built 
expressly for that purpose and thither come all herds and fatlings 
and first fruits of that land for O'Connell Fitzsimon takes toll of 
them, a chieftain descended from chieftains. Thither the extremely 
large wains bring foison of the fields, flaskets of cauliflowers, 
floats of spinach, pineapple chunks, Rangoon beans, strikes of 
tomatoes, drums of figs, drills of Swedes, spherical potatoes and 
tallies of iridescent kale, York and Savoy, and trays of onions, 
pearls of the earth, and punnets of mushrooms and custard marrows and fat 
vetches and bere and rape and red green yellow brown russet sweet big
 bitter ripe pomellated apples and chips of strawberries and sieves
 of gooseberries, pulpy and pelurious, and strawberries fit for 
princes and raspberries from their canes.

 麗しきイニスフィルに一つの国、聖なるミカン。そこに
望楼高く聳え、人々はるか彼方よりこれを望み見る。そこ
に威き死者たちは、誉れたかき戦士たちも王たちも、生け
る日の姿のままに眠る。まこと、そは快楽の土地、囁く水
と魚さわなる流れありて、ほうぼう、つのがれい、ローチ、
おひょう、鼻曲がり鱈、幼鮭、まこがれい、ひらめ、ぬま
がれい、雑魚など、遊び戯るる水界の族、あまりにも多く
して数うる能わず。西風また東風おだやかに吹きなよぶと
きは、風に揺れ動く大楓、レバノン杉、天に沖するプラタ
ナス、優良種のユーカリ樹、その他この土地に豊かなる蕎
木界の宝、丈高き樹々は見事なる簇葉をくさぐさの方角へ
と揺り動かす。麗しき樹木の根もと近く麗しき乙女ら腰をか
け、この上なく麗しき唄歌いつつ、ありとある麗しきもの、
たとえば、黄金のかたまり、銀の魚、幾樽もの鰊、幾網もの
鰻および小鱈、幾籠もの小鱒、紫の海の宝石、陽気なる虫な
どとぞ遊び戯るる。さるほどに英雄たち、自由なるマンスタ
ーの、正義なるコナハトの、なめらかにしてすべらかなるレ
ンスターの、クルアハンの領地の、輝かしきアーマーの、高
貴なるボイル地方の、比類なき王子たちすなわち王の息子た
ちは、乙女らに言い寄らんとて、エプラナよりスリーヴマー
ジーへといたるあたり、はるけくも訪ねきたる。
 またそこにはきらびやかなる宮殿そびえ、そが水晶のきら
らかなる屋根は、漁業のため造られし三しょう帆船に乗りて
びょうびょうたる海を横切る航海者たちの目をもとらう。し
かりしこうしてここへと、この国のあらゆる家畜、肥とく肥
とん、初ものの果実は集まりきたる。何となればすなわち幾
世もの族長の末裔なる族長オコネル・フィッツサイモン、料
金を徴収するがためなり。巨大なる荷馬車に運ばれきたるは、
くさぐさの野のもの、すなわち、幾籠ものカリフラワー、車
積みのほうれんそう、厚切りのパイナップル、ラングーン豆、
膨大なる量のトマト、無花果の山、幾畝ものかぶら、球形の
じゃがいも、ヨーク種およびサヴォイ種の幾束もの虹いろち
りめんキャベツ、幾盆もの大地の真珠なる玉葱、さらにまた
幾籠ものシャンピニオン、カスタード南瓜、肥え太りたる空
豆、大麦、油菜」、赤緑黄いろ褐色朽葉いろの甘く大きく大き
くすっぱく熟せる斑ある林檎、経木籠入りのストローベリー、
幾箱もの汁気多くて皮うすきグーズベリー、王侯の口にふさわ
しきストローベリー、採りたてのラズベリー。


無鑑札営業
   2019/11/17 (日) 08:02 by Sakana No.20191117080253

無鑑札営業

「酒場バーニー・キアナンに寄って、市民に表敬訪問するこ
とにしたジョー・ハインズに同行する語り手の<おれ>の意
識の流れが続く」
「ジョーは金のある時は気前のいい男だが、金を持ってたた
めしがねえ。それに対して、ゲラティ狐は金を持っているが、
気前がよくないと意識が流れて、あの糞ったれのゲラティ狐
め、我慢ならねえ。無鑑札営業だなんてほざきやがって、と
腹を立て、罵っている」
「取立人が仕事をするには鑑札がいるのですか」
「ダブリン市の法律では、あらゆる商人、貿易商は毎年、鑑
札を受けることを要した」
「売春婦?」
「もちろん、売春婦もだ」
「ところが、語り手の<おれ>は取立人の鑑札を持っていな
いと言われて、腹を立てているのですね。もぐりの取立人だ
ったのでしょうか」
「さあ、取立人だか取立犬だかもわからない」

So we went around by the Linenhall barracks and the back of the courthouse
talking of one thing or another. Decent fellow Joe when he has it but sure 
like that he never has it. Jesus, I couldn't get over that bloody foxy 
Geraghty, the daylight robber. For trading without a licence, says he.

 そこでおれたちは、あれこれと四方山ばなしをしながら、
リネンホールの兵営のそばを通り、裁判所の裏を通って行っ
たわけだ。ジョーは金のある時は気前のいい男だが、金を持
ってたためしがねえ。ちょっ、強欲のかたまりみてえな、あ
の糞ったれのゲラティ狐め、我慢ならねえ。無鑑札営業だな
んてほざきやがって。(丸谷才一訳) 


酒場「バーニー・キアナン」
   2019/11/9 (土) 06:32 by Sakana No.20191109063251

酒場「バーニー・キアナン」

「パロディ断章が終わると、また語り手の<おれ>とジョー・
ハインズの会話が再開される」
「会話というより、ふざけあっているようです」
「酒は一切やらない主義か?とジョーが聞いたのに対して、飲
むから飲むまでは一切やらないね、と語り手の<おれ>が答え
るのは漫才のようだ」
「実際には、語り手の<おれ>は、わんわん、キャンキャン、
と云っているだけなんですね」
「そこで、ジョーは、バーニーキアナンという酒場へと誘う」
「酒を飲むためですか?
「酒場を溜まり場にしている市民(the citizen)に表敬訪問す
るためでもある」
「市民とは誰?」
「注釈によれば、市民のモデルはマイケル・キューサック
(1847-1907)。ゲール体育協会の創立者で、ハーリング、ゲ
―リック・フットボール、ハンドボールなどのスポーツの復
活に生涯を捧げた愛国者だ。酒場に来ると給仕人に向かって、
やい、プロテスタントの犬め!と怒鳴ったという」
 
-- Are you a strict t. t.? says Joe.
-- Not taking anything between drinks, says I.
-- What about paying our respects to our friend? says foe.
-- Who? says I. Sure, he's in John of God's off his head, poor man.
-- Drinking his own stuff? says Joe.
-- Ay, says I. Whisky and water on the brain.
-- Come around to Barney Kiernan's, says Joe. I want to see the citizen.
-- Barney mavourneen's be it, says I. Anything strange or wonderful, Joe?
-- Not a word, says Joe. I was up at that meeting in the City Arms.
-- What was that, Joe? says I.
-- Cattle traders, says Joe, about the foot and mouth disease. I want to 
give the citizen the hard word about it.

ーーおまえ、酒は一切やらない主義か? ジョウが云う。
ーー飲むから飲むまでは一切やらないね、俺は云う。
ーーわれらの友を表敬訪問ってのはどうだ? ジョウが云う。
ーー誰のこった? 俺は云う。だからよう、そいつは頭が
いかれちまってジョン・オヴ・ゴッド瘋癲院入りになっち
まったんだ、哀れな野郎よ。
ーーやっこさんのナニでも飲んでるか?
ーーああ、俺は云う。なんせ脳みそが水割りウイスキーの
種(しゅ)ときちゃな。
ーーバーニー・キアナンへ行くぞ、ジョウが云う。市民の
やつに会いたいんだ。
ーーまたぞろバーニーかよう、俺は云う。変わった話でも
あるのかい、それともなんかいい話でも決めるのか、ジョウ?
ーー決りだな、ジョウが云う。俺はな、シティ・アームズ
の集まりに出てきたんだ。
ーーそりゃなんだい、ジョウ? 俺が云う。
ーー家畜商いの仲間のよ、ジョウが云う。口蹄疫をどうす
っかって。そのことを市民にぶちまけてやりたいんだ。



パロディ断章
   2019/11/3 (日) 06:41 by Sakana No.20191103064157

パロディ断章

「語り手の犬と人間のジョー・ハインズとの会話に
続いて、突然、売買契約書のような文章があらわれ
る。これを<パロディ断章>と訳者の柳瀬尚紀は呼
んでいる」
「すると、語り手が二人いることになりますね」
「その通りだ。一人は犬、もう一人は作者のジョイス
だろう」
「誰と誰の売買契約者だという説明はないのですか」
「説明はないが、売渡人のモーゼス・ハーゾッグと購
買人のマイケル・E・ガーラティとの間で交わされた
売買契約書だということが<パロディ断章>を読めば
わかる」
「購買人が倍々契約書の通り、購買代金を支払わない
ので、売渡人は取立人を雇った。どうやらその取立人
が語り手の犬らしい」
「わんわん、きゃんきゃんというだけの犬を取立人と
して派遣しても、代金の取立に成功するとは思えませ
ん」
「ペナルティの罰則規定がないのも売渡人に不利だ」

For nonperishable goods bought of Moses Herzog, 
of 13 Saint Kevin's parade, Wood quay ward, 
merchant, hereinafter called the vendor, and 
sold and delivered to Michael E. Geraghty, 
Esquire, of 29 Arbour Hill in the city of Dublin, 
Arran quay ward, gentleman, hereinafter called the 
purchaser, videlicet, five pounds avoirdupois of 
first choice tea at three shillings per pound 
avoirdupois and three stone avoirdupois of sugar, 
crushed crystal, at three pence per pound avoirdupois, 
the said purchaser debtor to the said vendor of one 
pound five shillings and six pence sterling for value 
received which amount shall be paid by said purchaser 
to said vendor in weekly instalments every seven 
calendar days of three shillings and no pence sterling: 
and the said nonperishable goods shall not be pawned or 
pledged or sold or otherwise alienated by the said 
purchaser but shall be and remain and be held to be 
the sole and exclusive property of the said vendor 
to be disposed of at his good will and pleasure until 
the said amount shall have been duly paid by the said 
purchaser to the said vendor in the manner herein set 
forth as this day hereby agreed between the said vendor 
his heirs, successors, trustees and assigns of the one 
part and the said purchaser, his heirs, successors, 
trustees and assigns of the other part.

 モーゼス・ハーゾッグ、ダブリン市ウッド埠頭區聖
ケヴィン街十三番地、商人、以下、売渡人と称する者
より購入され、マイケル・E・ガーラティ、ダブリン
市アラン埠頭區アーバ―坂二十九番地、紳士、以下購
買人と称する者に売却され引き渡されたる保存性商品、
即ち、常衡一ポンド三シリング零ペンスの極上茶常衡
五ポンド及び常衡一ポンドの三ペンスの粗目白砂糖常
衡三ストーンの対価として、上記購買人負債者の上記
売渡人に対して負う受領価格一ポンド五シリング六ペ
ンスの総額は上記購買人によって上記売渡人に対し七
日毎三シリング零ペンスの週分割払いにて支払われる
ものとする。亦、上記保存性商品は上記購買人によっ
て質種、抵当、売却その他の方法にて譲渡されてはな
らず、上記売渡人、その相続人、後継人、保管人、依
託人を甲とし上記購買人、その相続人、後継人、保管
人、依託人を乙とする双方合意のもとに本日ここに定
めた方法にて上記総額が上記購買人により上記売渡人
へ滞りなく支払われる迄、上記売渡人が随意随時処分
しうる上記売渡人の総専有財産として存在し存続し留
保されるものとする。(柳瀬尚紀訳)


犬語への翻訳
   2019/10/27 (日) 09:42 by Sakana No.20191027094240

犬語への翻訳

「柳瀬尚紀による犬語への翻訳を読んでみよう」
「犬はきゃんきゃん言っているだけです。さっぱりから意味
がわかりません」
「わん、キャン、わんわんうー? きゃん、きゃんきゃん
きゃんわん、わんきゃんうーうーきゃんきゃんきゃんきゃん、
というのは、元気かよう? 見たかあの煙突掃除が俺の目ん
玉をブラシで危うくえぐるとろだったぜ、という意味だ」。
「それに対して、煤とは縁起がいいやな、ジョウが云うので
すか。そんな無茶苦茶な会話が成立するとは思えません」
「ジョイスはそのような会話を意図して書いたと、柳瀬尚紀
はいう」
「わん、キャン、わんわんうー?」


ーー煤とは縁起がいいやな。いま話してた老いぼれ金
玉は誰だ?
ーーキャンわん、きゃん。うーきゃんわんわん。わん
きゃんわんきゃんきゃんきゃんきゃんわんわん。
ーーこんなとこで何してる?
ーーわんきゃんきゃんわんわんうーわん。きゃんきゃ
んきゃんわん、わんわんきゃんきゃんキャーンわんわ
んきゃんきゃんうーわんうわんキャンキャキャキャワ
ンキャンわん。
ーー割礼ユダ公か?
ーーわん。きゃんわんわんきゃんきゃん。ワンキャン
キャンわんわんうーわんきゃん。キャンキャンワンき
ゃんうーわんわんきゃん、きゃんわんわんうーきゃん。
ーーあそこで食い繋いでるんだな?
ーーわん。わんきゃんわんわん! わんうーわんきゃ
んわん。わんきゃんきゃんわんきゃんきゃんわん。
きゃんきゃんわんわんわおわんわんわん。キャン
キャーン、わん、キャンキャーンキャキャーン、
わん、キャキャーン。わん、キャンキャーンワン
ワンワオワンキャン、わん、わんわんきゃんきゃ
んわんきゃんわん、わん、わんキャンキャンわん
わんきゃんきゃきゃーんわんわわわんわん。キャ
キャーン、キャンキャンキャン。キャキャーンキ
ャキャンワン。キャキャーンキャンワンワンキャ
ンワン?
(「と、おれが云う」、および、(と)ジョウが云う)
を外して、せりふだけを翻訳すると、犬と人間の会
話であることがあきらかになる」)




犬と人との会話
   2019/10/20 (日) 09:46 by Sakana No.20191020094626

犬と人との会話

「おお、ジョウ、俺が云う。元気かよう? 見たかあの
煙突掃除が俺の目ん玉をブラシで危うくえぐるとろだっ
たぜ、と俺が云う。それをうけて、煤とは縁起がいいや
な、ジョウが云う」
「会話がかみあっていませんね。俺が云うは、says Iで、
asks Iではない。独り言のようでもあります」
「煤とは縁起がいいやな、というジョーの発言は、見た
か(Did you see…?)の答になっていない」
「煙突掃除が俺の目ん玉ブラシで危うくえぐるとろだっ
たという場面を見たとも、見ていないとも言っていません。
その代わり、煤とは縁起がいいやな、ととぼける。鈴なら
ともかく、煤が縁起がいいなどと聞いたことがありませ
ん」
「煤のあるところに幸運あり、という諺がアイルランド
にはあるらしい」

-- Lo, Joe, says I. How are you blowing? Did you see that bloody 
chimneysweep near shove my eye out with his brush? 
-- Soot's luck, says Joe. Who's the old ballocks you were 
talking to?
-- Old Troy, says I, was in the force. I'm on two minds not 
to give that fellow in charge for obstructing the thoroughfare 
with his brooms and ladders.
-- What are you doing round those parts? says Joe.
-- Devil a much, says I. There is a bloody big foxy thief beyond 
by the garrison church at the corner of Chicken Lane - old Troy 
was just giving me a wrinkle about him - lifted any God's quantity 
of tea and sugar to pay three bob a week said he had a farm in the 
county Down off a hop of my thumb by the name of Moses Herzog over 
there near Heytesbury street.
-- Circumcised! says Joe.-- Ay, says I. A bit off the top. An old 
plumber named Geraghty. I'm hanging on to his taw now for the past 
fortnight and I can't get a penny out of him.
-- That the lay you're on now? says Joe.
-- Ay, says I . How are the mighty fallen! Collector of bad and 
doubtful debts. But that's the most notorious bloody robber you'd 
meet in a day's walk and the face on him all pockmarks would hold 
a shower of rain. Tell him, says he, I dare him, says he, and I 
doubledare him to send you round here again or if he does, says 
he, I'll have him summonsed up before the court, so will I, for 
trading without a licence. And he after stuffing himself till he's 
fit to burst! Jesus, I had to laugh at the little jewy getting his 
shirt out. He drink me my teas. He eat me my sugars. Because he no 
pay me my moneys?

ーーおお、ジョウ、俺が云う。元気かよう? 見たかあの
煙突掃除が俺の目ん玉をブラシで危うくえぐるとろだったぜ。
ーー煤とは縁起がいいやな、ジョウが云う。いま話してた老
いぼれ睾丸は誰だ?
ーートロイ爺公よ、俺は云う。警察にいた。どうにもおさま
らないぜさっきのやつが箒と梯で通行妨害しやがったと訴え
てやりてえ。
ーーこんなところで何してる? ジョウが云う。
ーー何してるなんてもんじゃねえ、俺は云う。べらぼうな大
狐泥棒がいてよチキン小路の角のギャリソン教会のとこだー
ーいまもトロイ爺公からそいつのことをちと聞いたんだがー
ーそりゃもうがっぽり紅茶と砂糖をせしめたんだな毎週三ポ
ンド払うダウン郡に農場を持ってるなんてぬかしてあそこの
ヘイツベリー通りのすぐんとこのモーゼズ・ハーゾッグって
名のちび公から。
ーー割礼ユダ公か? ジョウは云う。
ーーああ、俺は云う。ちょいといかれてやがるんだ。ガーラ
ティって老いぼれ鉛管工よ。ただじゃすまねえぞと俺は二週
間も嚇しをかけてるってのに一ペニーも取れやしねえ。
ーーあそこで食い繋いでるんだな? ジョウは云う。
ーーああ、俺は云う。強者は倒れたりだぜ! 取れそうにも
ねえ貸倒れの取立屋よ。しかしあれほど名うての物盗りって
のも丸一日ほっつき歩いたって出くわすもんじゃねえな顔は
痘痕だらけで一雨降っても溜まるだろうって。野郎に云っと
け、だとよ。いいか野郎に云っとけ、だとよ、いいか、貴様
をまたここへよこすんならよこしてみろ、だとよ、そしたら
俺様は野郎を法廷にひきずり出してやる。そうとも、鑑札も
ねえ分際でってな。そんでがぼがぼ詰め込んだばかしで、は
ちきれそうになってたぜ。ふん、あのちびユダが癇癪起こし
たのには思わず吹き出しちまったね。あいつ!わしの茶を飲
みやがる。あいつ! わしの砂糖を食いやがる。一文も払わ
んならわしのものじゃろが?



犬の語り
   2019/10/13 (日) 08:13 by Sakana No.20191013081338

犬の語り

「第十二章 キュクロープス を柳瀬尚紀訳で読んでみよ
う。これが犬の語りだと柳瀬尚紀訳は断定しているが、ど
う思うかね」
「語り手はD. M. P(ダブリン首都警察)のトロイ爺と立
ち話をしているというのですから、ダブリン主と警察のト
ロイ爺が人間だとすると、語り手も人間のはずです」
「トロイ爺が警察犬だとしたらどうだ?」
「その場合は、語り手も犬かもしれません。でも、ストー
ニー・バターをひょろひょろやってくるジョー・ハインズ
はあきらかに人間です。語り手はジョーと親しく会話をし
ています」
「語り手の<おれ>は警察犬のトロイ爺とは犬語で立ち話
しをし、続いて、人間のジョー・ハインズとは会話のまね
ごとをしているだけだというのが柳瀬尚紀の解釈だ」
「どうしてそんなまぎらわしい書き方をするのですか」
「それは『ユリシーズ』が文学だからだろう」

I was just passing the time of day with old Troy of the 
D. M. P at the corner of Arthur hill there and be damned 
but a bloody sweep came along and he near drove his gear 
into my eye. I turned around to let him have the weight of
my tongue when who should I see dodging along Stony 
Batter but only Joe Hynes. (Episode 12 Cyclops)

おれがD. M. P(ダブリン首都警察)のトロイ爺とついそ
このアーバ―・ヒルの角で立ち話をしてると、畜生め、煙
突掃除屋の野郎がやって来て、もうちょいのところでおれ
の目玉へ糞ったれの掃除用具を突っ込みそうにした。ぎゃ
あすか、どなってやろうと思って振り向くてえと、ストー
ニー・バターをひょろひょろやって来るのは、何とジョー・
ハインズじゃないか。
(第十二章 キュクロープス 柳瀬尚紀訳)




人間か犬か
   2019/10/6 (日) 07:33 by Sakana No.20191006073327

人間か犬か

「第十二挿話 キュクロープス は、違う語り手による二
種類の語りを交互に組み合わせて出来ていると丸谷才一は
いう。それに対して、第一の語り手は、I(=おれ)と称す
る犬であり、その犬の語りのところどころに<パロディ断
章>を挟み込んでいると柳瀬尚紀はいう」
「丸谷才一は第一の語り手が犬だとは思っていなかったの
ですね」
「丸谷才一だけではない。柳瀬尚紀が<俺>犬説をはじめ
て公表したのは一九九五年十一月三日付の読売新聞だが、
外国からのもっとも早い反応はダブリンから届いた。ジェ
ームズ・ジョイスの又甥に当たるK・M氏からだった。
<私の貧しい想像力では<俺>を犬として読むことはでき
そうもありません。もし<俺>が犬であるなら、市民の飼
っているかなり獰猛な犬、ガリ−オウエンのテリトリーへ、
喧嘩にもならず入り込めるものでしょうか?>」
「柳瀬尚紀の<俺>犬説とK・M氏の反論とどちらが正し
いでしょう」
「それを読み解き、判定を下すのがわれわれ読者の課題だ」



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J・ジョイスの『ユリシーズ』を楽しみながら読む 長谷部さかな 著
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